人間は負けを切れない。でもアルゴリズムは迷わない──損切りを仕組み化する理由

「損切りは大切だと分かっている」

それでも実際に含み損を抱えると、

「もう少し待てば戻るかもしれない」

「ここで売った直後に反発したら悔しい」

「今日はデイトレのつもりだったけれど、数日持てば戻るかもしれない」

そんな考えが浮かんでくることがあります。

頭ではルールを理解している。

損切り価格も決めていた。

それなのに、実際に損失を目の前にするとルールを変えてしまう。

これは単純に「意志が弱いから」と片づけられる問題ではありません。

行動ファイナンスでは、人間には利益と損失を必ずしも同じように扱わない傾向があることが、長年研究されています。

そして興味深い研究があります。

人間のトレーダーとアルゴリズムを比較すると、損失に対する行動に違いが見られるのです。

今回は、その研究を入口として、

なぜ人間は損失を抱えるとルールを変えやすいのか。

そして、

短期トレードにおいて、感情だけに頼らずリスク管理を続けるにはどう考えればよいのか。

行動ファイナンスの観点から考えてみます。

人間のトレーダーとアルゴリズムを比較した研究

Norges Bankのワーキングペーパー「Human vs. machine: Disposition effect among algorithmic and human day traders」では、NASDAQ Copenhagenの取引データを使い、人間のトレーダーとアルゴリズムによる取引が分析されています。

この研究で注目したいのが、

ディスポジション効果

です。

ディスポジション効果とは、一般的に、

利益が出ている資産は売却しやすい一方、損失が出ている資産は保有し続けやすい傾向

を指します。

研究では、人間のトレーダーには明確なディスポジション効果が確認された一方、類似した取引を行うアルゴリズムでは、その効果は統計的に有意ではありませんでした。

さらに、人間側のディスポジション効果は寒い日に強まるという結果も報告されています。

研究者は、こうした結果について、人間の心理とディスポジション効果との関係を示す証拠になると考察しています。

ここで重要なのは「AIなら勝てる」という話ではない

この研究を、

「人間よりアルゴリズムの方が儲かる」

という意味で受け取るのは適切ではありません。

また、

「自動売買にすれば損をしない」

という研究でもありません。

アルゴリズムであっても、設計された戦略そのものに問題があれば損失は発生します。

相場環境が変化すれば、過去に機能したルールが将来も同じように機能する保証もありません。

この研究から短期トレーダーが学べる重要なポイントは、別のところにあります。

それは、

人間は実際に損失を抱えた瞬間、心理状態によって判断を変更する可能性がある

ということです。

なぜ人間は損失を切りにくいのか

たとえば、1,000円で株を買ったとします。

エントリー前には、

「980円を明確に割ったら今回のシナリオは終了」

と決めていた。

ところが実際に980円になると、

「ここは支持線だから反発するかもしれない」

と思う。

975円になる。

すると、

「日足ではまだ上昇トレンドだから大丈夫」

と考える。

さらに下がる。

今度は、

「業績自体は悪くないから、中期で持てばいい」

となる。

最初はデイトレだったはずなのに、いつの間にかスイングトレードへ変わっています。

以前の記事でも取り上げた、

「デイトレが塩漬けに変わる瞬間」

です。

問題なのは、新しい情報を得て合理的に戦略を変更したことではありません。

損失を確定したくないという感情によって、最初に決めた基準を後から変更している可能性があることです。

アルゴリズムには「取り返したい」がない

ここで人間とアルゴリズムの違いを考えると、非常に分かりやすくなります。

人間は損失が発生すると、

「取り返したい」

「もう少し待ちたい」

「損切りした直後に上がったら悔しい」

「自分の判断が間違っていたと認めたくない」

といった感情を持つことがあります。

一方、あらかじめ決められた条件だけを実行する単純なアルゴリズムなら、

「悔しい」

とは考えません。

たとえば、

「条件Aが成立したらポジションを閉じる」

とプログラムされていれば、基本的にはその条件に従って処理します。

もちろん、アルゴリズムにも別のリスクがあります。

しかし、

損失を認めたくないからルールを変更する

という人間特有の心理的な問題は生じにくい。

ここに、私たちが学べるヒントがあります。

損切りを「判断」から「執行」へ変える

人間がアルゴリズムから学べることは、

感情をなくすこと

ではありません。

感情を完全になくす必要もありません。

重要なのは、

感情が強くなる前に、判断をできるだけ終わらせておくこと

です。

つまり、

「含み損になったら損切りするか考える」

のではなく、

「エントリーする前に、どの条件になったら今回の取引を終了するか決める」

という発想です。

発注前なら、まだ損失は発生していません。

そのため、比較的冷静に考えることができます。

しかし、実際に含み損が発生すると、

「戻ってほしい」

という感情が判断へ入り込む可能性があります。

だからこそ、

冷静な自分がルールを決め、感情が動いている自分には執行だけを担当させる。

この考え方が重要になります。

「価格」だけでなく「シナリオ」で撤退を考える

損切りというと、

「○円になったら売る」

という価格だけを想像しがちです。

しかし、短期トレードでは、

なぜエントリーしたのか

という前提も重要です。

たとえば、

「VWAPを上抜け、出来高が増加し、短期的な上昇シナリオが成立した」

ことを理由にエントリーしたとします。

その後、その前提が崩れた。

このとき考えるべきなのは、

「買値まで戻るか?」

ではありません。

「今回エントリーした理由は、まだ成立しているか?」

です。

成立していないのであれば、少なくとも当初のトレードシナリオは終了しています。

将来的に株価が上昇する可能性とは別の問題です。

「損切りした直後に上がったらどうする?」

損切りをためらう理由として非常に多いのが、

「売った直後に上がったら悔しい」

という感情です。

しかし、ここで一つ重要な考え方があります。

損切りした銘柄を、二度と取引してはいけないというルールはありません。

最初のシナリオが崩れた。

だから一度退出した。

その後、再び自分が事前に定めた条件が成立した。

その場合に改めて取引を検討することと、含み損を抱えたまま「戻ってほしい」と待ち続けることは別の行為です。

一つのポジションに執着しない。

これは短期トレードでリスクを管理するうえで重要な考え方です。

逆指値は「未来の自分への命令」

ここで役立つ可能性があるのが、逆指値などの注文機能です。

もちろん、逆指値を設定したからといって、想定した価格で必ず約定するとは限りません。

急激な価格変動、流動性低下、ギャップなどによって、想定価格と実際の約定価格に差が生じる場合があります。

それでも、考え方として重要なのは、

冷静な状態で決めたルールを、将来の自分が簡単に変更できない形に近づける

ということです。

私はこれを、

「未来の自分への命令」

と考えると分かりやすいと思います。

感情が動いてから判断するのではなく、感情が動く前に判断しておく。

これが「仕組み化」の基本です。

価格だけでなく「時間」もルール化する

もう一つ有効なのが、

最大保有時間を決める

という考え方です。

デイトレードとして入ったのであれば、

「大引けまでには原則として決済する」

「○時までに想定した動きにならなければシナリオを見直す」

など、時間についても事前ルールを設定できます。

なぜ時間が重要なのでしょうか。

損失を抱えると、

「今日だけ」

だったものが、

「明日まで」

になり、

「今週まで」

になり、

最後には、

「戻るまで」

になりやすいからです。

これを防ぐには、

価格の出口だけでなく、時間の出口も事前に考えておく

ことが役立ちます。

私ならエントリー前に5つを確認する

短期トレードを行う場合、私は少なくとも次の5項目を事前に整理しておくことが重要だと考えています。

1.エントリーの根拠

なぜ、この取引を検討するのか。

感覚ではなく、できるだけ言葉にします。

2.シナリオが崩れる条件

どのような値動きになったら、最初の想定とは違うと判断するのか。

エントリー前に考えます。

3.許容できる損失

一度の取引でどの程度の損失まで許容するのか。

自分の資金状況やリスク許容度を踏まえて考えます。

4.利益確定を検討する条件

どのような状態になったら利益確定を検討するのか。

利益側にも一定の基準を持たせます。

5.最大保有時間

今回の取引は、

デイトレなのか。

数日を想定した取引なのか。

エントリーする前に明確にします。

重要なのは「勝つ仕組み」ではなく「暴走しにくい仕組み」

ここは誤解してはいけないところです。

ルールを作ったからといって、利益が保証されるわけではありません。

逆指値を使えば勝てるわけでもありません。

機械的に取引すれば、市場を予測できるようになるわけでもありません。

仕組み化の目的は、

勝率を保証することではなく、感情によって当初のリスク管理を大きく逸脱する可能性を減らすこと

です。

これは大きな違いです。

トレードでは、どれだけ準備しても損失は発生します。

だから必要なのは、

負けない仕組みではなく、一度の判断ミスが致命的な損失へ発展しにくい仕組み

なのです。

「人間だからダメ」なのではない

今回の研究から、

「人間は感情的だからトレードに向いていない」

と結論づける必要もありません。

人間には、

状況を理解する。

新しい情報を解釈する。

市場環境の変化を考える。

ルールそのものを改善する。

といった能力があります。

大切なのは、

人間が得意なことと、仕組みに任せた方がよいことを分けること

です。

戦略を考える。

振り返る。

改善する。

これは人間が行う。

一方で、

「最大損失を超えない」

「最初に決めた条件を守る」

といった部分は、可能な範囲でルール化する。

人間と仕組みを対立させるのではなく、

それぞれの長所を使い分ける。

この発想が重要だと思います。

まとめ|損切りは意志力ではなく仕組みで守る

人間は、利益と損失を必ずしも同じようには感じません。

含み損が発生すれば、

「戻ってほしい」

「もう少し待ちたい」

「今売ったら反発するかもしれない」

という感情が生まれることがあります。

それ自体は、人間として不自然なことではありません。

問題は、

その感情によって、冷静なときに決めたリスク管理まで変更してしまうこと

です。

だからこそ、

エントリー前に、

入口・出口・許容損失・シナリオ無効化条件・最大保有時間

を考えておく。

そして実際の取引では、できるだけそのルールに従う。

アルゴリズムから学ぶべきなのは、

「感情をなくせ」

ということではありません。

感情が判断を支配する前に、重要な判断を済ませておく。

ということです。

短期トレードで長く市場に残るために必要なのは、

「絶対に負けない方法」を探すことではありません。

負けたときに、自分のルールまで壊さないこと。

私は、そこに「損切りを仕組み化する」本当の意味があると考えています。

(投資に関する重要事項)

本記事は、行動ファイナンスおよび投資家心理に関する研究・一般的なリスク管理の考え方を紹介することを目的とした情報提供・教育コンテンツです。

特定の金融商品、銘柄、取引手法について、購入・売却・保有その他の投資行動を推奨、勧誘または助言することを目的とするものではありません。

本記事で紹介している考え方やルール例を利用した場合でも、損失を回避できることや投資成果が改善することを保証するものではありません。

株式、FX、その他の金融商品には、価格変動、流動性、信用、為替その他のリスクがあり、投資元本を失う可能性があります。信用取引やレバレッジを利用する取引では、損失が拡大する場合があります。

また、逆指値等の注文を利用した場合でも、市場環境、価格変動、流動性等によって、指定・想定した価格で約定するとは限りません。

実際の投資判断は、ご自身の知識、経験、財産の状況、投資目的およびリスク許容度等を踏まえ、ご自身の責任で行ってください。必要に応じて、適切な資格・登録を有する専門家へご相談ください。

類似投稿