|

スマホを置いた瞬間の、あの落ち着かなさについて


スマホを置いた瞬間、
ふっと落ち着かなくなる。


あの感覚を、知っていますか。

SNSも音楽も切って、ただ部屋に座る——


たったそれだけのことが、なぜか怖い。


それは、あなたが弱いからではありません。


何かが、還ってこようとしている
サインです。

1.「ひとり」が苦手になっていく現代


電車に乗る。
信号で立ち止まる。
エレベーターを待つ。


そのほんの数十秒の隙間に、
私たちは反射的にスマホを開いています。

意味のある検索をしているわけではない。


本当に見たいものがあるわけでもない。


ただ、「何もしていない時間」に
耐えられない。

これは、性格の問題ではありません。


情報が常に流れ続ける環境で生きていると、
脳と神経は「刺激がある状態」を
当たり前として再設定されてしまう。


だから、刺激が消えた瞬間、
誰でもそわそわします。

問題は、その「そわそわ」を、
私たちが何で埋めているか、です。

2. 静けさを怖がる理由は、あなたが弱いからではない


一人になって、音を消して、ただ座る。


すると、しばらくして、
なにかが立ち上がってきます。

「あの件、どう返事しよう」

「自分はこのままでいいのか」

「あのとき、ああ言わなければよかった」

普段、忙しさやSNSで
聞こえないようにしてきた「内側の声」が、
静けさの隙間から顔を出す。


これと向き合うのが、しんどい。


だから音で埋める。
スクロールで紛らわす。

これは弱さではなく、
当然の防衛反応です。


誰だって、いきなり自分の奥底と
二人きりになるのは、こわい。

でも、ここで一つだけ知っておいて
ほしいことがあります。


その声は、あなたを責めるために
出てきているのではない、ということ。


ただ、聞いてほしくて、
立ち上がってきているだけです。

3. 静けさが運んでくる3つのもの


静けさの中に少し長く滞在すると、
いくつかのものが順番に届きます。

① 本当の願い
他人軸の「こうあるべき」
「こうしておくと安全」を脇に置いたとき、
自分が本当に何を望んでいたのかが、
輪郭をもって現れます。


誰かの正解ではなく、
あなた自身の渇望。

② 積み残した感情
処理しきれずに棚上げにしてきた怒り、
悲しみ、赦せなさ。


これらは消えたわけではなく、
ただ順番を待っています。


静けさの中で、
ようやく出番がくる。

③ これからの方向感
言葉になる前のもの。


直感とも少し違う、
もっとうっすらしたもの。


「次は、こっちかもしれない」という、
ほのかな矢印。

これらは、騒がしい場所では
決して聞こえません。


忙しくしている限り、
必ず後ろの席に座らされたまま、です。

4. 今日からできる、5分の静けさのつくり方


ここからは、現実の話をします。

瞑想を、しなくていい。


お香も、ヨガマットも、いりません。


必要なのは、たった5分です。

スマホを、別の部屋に置く
手の届く範囲にあると、
無意識が引っ張られます。


物理的に距離をとる。


これだけで全く違います。

朝の5分を、予定として確保する
歯磨きと同じレベルで
「やる時間」を決める。


意志に任せると、
永遠に始まりません。

「何かを得よう」としない
気づきを得よう、整えよう、
と思った瞬間に、それは作業になります。

ただ座る。

思考は止めなくていい
浮かんでくるものを、ただ眺める。


追わない、押さえつけない。

最初の数日は、
5分が長く感じるかもしれません。


それで、いいのです。


むしろ、それが
「自分がどれだけ刺激に依存していたか」
を、静かに教えてくれます。

5. 静けさは、もっとも静かな治癒


人は、誰かに会いに行くために
旅をします。


でも、本当に会いに
行かなければならない相手は、
たいてい、自分自身です。

喧騒の中では、その人の声は、
いちばん最初に消されます。


だから私たちは、定期的に、
静けさに自分を戻す必要がある。

一人時間は、孤独ではありません。


それは、
自分との「再会の時間」です。

より深く、自分の奥にある声と向き合いたい方へ

ここで書いたのは、
入り口の話です。


本当に「在り方」のレベルから
自分を整え直していくには、
伴走者と共に観ていく時間が必要に
なることもあります。

福本光春主宰の
 KAMOSU Σ(魂の再起動プログラム) は、
そのための場です。


静けさの中で何が動き始めるのか。


それを、一人ではなく、
共に観ていく——


そんな時間として設計しています。

ご興味のある方は、
公式サイトのご案内をご覧ください。

静けさの中で、
いちばん最初に会いに来るのは、
いつも自分自身です。

類似投稿